弟子として

わが人生の新記録に挑め

忘れ得ぬ瞬間 創立者の語らい 第15回創価大学・女子短大 1996年1月 卒業生大会わが人生の新記録に挑め 1996年1月26日、創価大学22期生、創価女子短期大学10期生が卒業生大会を開催(東京・八王子市内で)。新たな船出の時を目前に控え、未来への決意を…

確信の祈りで常勝の新時代へ

「此の信の字 元品の無明を切る利剣なり」(御義口伝 御書P725)【通解】 この信の字は元品の無明(根本の迷い)を切る利剣である。御本尊への強き「信」こそ、「無明」という根本の迷いを打ち破る利剣である。【2010.1.13付 聖教新聞 きょうの発心】 本日は妻…

師弟誓願の日8.24

大関西 ありて創価は 勝ちにけり 常勝の城 三世に光れや 先生から関西に和歌をいただきました。【8月25日付 聖教新聞より】

大阪壮年部の皆様へ

わが大切な同志にこの言葉を贈る 私はなにか 社会に有益なことを おこなったか(中略) この真理をつねに 手近なところにおき、 決して(善への努力を)やめるな。 (神谷美恵子 訳) 古代ローマの哲人皇帝 マルクス・アウレリウス 【8月12日付 聖教新聞…

わが信念に生き抜く

広宣流布のために、弟子が一致団結できるかどうか。師匠の教えのままに、生き抜けるかどうか。 ここに未来の一切がかかっているのである。 一、『三国志』に登場する青年詩人であり、魏の英雄・曹操の息子である曹植は綴っている。 「たとえ陛下が、お目をか…

今、それほどの弟子がいるかどうか?

戸田先生は、「大作を育てたから、もう安心だ」と語っておられた。 今、それほどの弟子がいるかどうか。 立派な施設もある。会員も多い。学会は、堂々たる世界一の民衆の連帯となった。 こうした中で、大きな苦労もしていない。広宣流布ゆえの中傷や迫害を受…

師匠のために何をしたか

戸田先生は、厳として叫ばれた。 「まず自分自身が変わることだ。絶対に人を頼るな! 自分自身が戦え!」 これが根本だ。 私自身、「師匠のために何をしたか」──この一点を、わが心に問うて、戦ってきた。 将来も同じだ。真の功労のない人間が上に立てば、そ…

師弟不二の、わが心の力こそ、最強の武器

戸田先生は、御義口伝の「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(御書P790)を拝されて、次のように指導された。 「この御書は、絶対に命に刻んでおけ。学会の闘士は、この一節を忘れるな!」と。 わが一…

反逆者の心は「慢の心」

誠実に「法」を求める人は、常に自身の現状を先達の聖人に照らして羞じることで更に修行に励み、それゆえに智慧を起こし前進し続けることができます。 要するに、どこまでも基準は「法」です。私たちの立場で言えば、日蓮大聖人の仏法を根本とするかどうか。…

師匠を求め抜く!

さあ、胸を張って、元気に進もう! 私と一緒に! 希望の歌を歌いながら! 戸田先生は「私と一緒に進めば、必ず幸せになる」と断言された。 仏法の根幹は「師弟」である。 「師弟相違せばなに事も成べからず」(御書P900) 人生の一番の思い出は何か。 広宣流…

仏法実践の根本

デザインを変えて気分一新! 日蓮大聖人の仏法実践の根本は、一生涯、師弟不二の実践を貫き通すかどうか、という一点にあるということである。 【大白蓮華 2008-5 P47『日興上人の峻厳な闘争に学ぶ』より】

生涯先生とともに

私の人生の師匠は戸田城聖先生である。 きょう、ここにはおられない。しかし、私は1年365日、朝から夜中まで、先生のことを忘れることはない。 心は常に先生と一緒! ――そうやって私は何十年間も戦ってきた。 【5月13日付 聖教新聞】

戦う心

師弟とは、距離でも立場でも形式でもありません。師匠を求めてやまない弟子の胸中に、師匠と不二の魂は、生き生きと脈動してくるのです。 ―― 中略 ―― 「『心こそ大切』である。状況がどうあれ、自分自身の胸中に『戦う心』が燃えているかどうかである。何が…

君よ 生涯、師弟不二の大道に生きよ!

日興上人が御一代の大闘争の幕を閉じられたのは、大聖人の御入滅から51年後の正慶2年(元弘3年=1333年)2月7日である。 五老僧も、良観も、平左衛門尉も、すべての末路を見届けた。師弟の世界を壊す増上慢の輩、傲慢な輩を一切、打ち破られて、広宣流布…

原水爆禁止宣言

50年前の今日(昭和32年9月8日)神奈川県の横浜・三ツ沢公園陸上競技場に約5万人が集った第4回東日本体育大会「若人の祭典」の席上で、「原水爆禁止宣言」は発表された。 天竜も諸君らの熟誠にこたえてか、きのうまでの嵐はあとかたもなく、天気晴朗…

激動の時代を勝ち抜くには

激動の時代の中で勝ち抜いていくための要件は何か。 もちろん、さまざまに分析できるが、ポイントの一つは、「人に頼る心を捨てる」ことではないだろうか。 運動会の伝統の競技「綱引き」に関連した興味深い実験がある。 一人で綱を引く場合と、大勢で綱を引…

未来は今の行動で決まる

一、「今こそ勇気が、今こそ確固たる心が必要だ」古代ローマの詩人ウェルギリウスの言葉である。 人生には、さまざまな試練の時がある。 広布の途上には、いくつもの困難な山がある。 そこを勝ち越えれば、新しい世界が、大きく広がっていく。未来が、晴れ晴…

貞観政要

『貞観政要』には、こう記されている。「始めにおいて勤めなければ、終わりに悔いることがありましょう」何事も、真剣に努力して取り組まなければ、満足する結果は得ることはできない。最後は後悔しか残らないであろう。 【2007.8.6 全国最高協議会での指導…

本当の大聖人門下

日蓮大聖人の仰せの通り、広宣流布に生きゆくなかで迫害を受けるのが「法華経の行者」の姿である。 私は、本物の師子である。 難を避け、安逸にふけるような生き方では、本当の大聖人門下ではない。勝利の人生を歩みゆくことはできない。 【2007.8.1 新時代…

「美しい国」とは?

御聖訓には「うるわ(麗)しき日本国」(御書P1461)と記されている。 日本は昔から、春夏秋冬にわたって山川草木が美しい。 それはそれとして、根本的に大事なのは、そこに住む人々の「心」が美しいか、美しくないかということであろう。 「美しくない心」-…

仏法の勝負はリーダーの責任

勝利の土台を築くには、リーダー自身が変わるしかない。意気地なしであってはならない。本気になって祈り、戦い抜くのだ。 … (中略) … 将が弱ければ、皆がかわいそうである。仏法の勝負は、リーダーの責任だ。リーダーの祈りによる。 【2007.8.1 新時代第…

「最高の正しい人生」に生きる誇り

まもなく8月14日を迎えます。その日の夜、蒲田の糀谷で行われた座談会で、戸田先生にお会いしてより、今年で満60年となります。恩師は当時、47歳。私は19歳でした。 この運命の日、私が会場に入った時、戸田先生は「立正安国論」の講義をされていました。 「…

私は勝利した!

わが人生の最終の 厳しき審判の日にあって 「私は勝利した!」と 言い切れる。 この叫びが 師匠に響きわたる時に 師弟不二の最極の人生を 勝ち抜いた証拠となるのだ。 真剣に広宣流布という 世界平和を語りゆく 師弟の姿は この世の尊極の勝利の劇だ。 それ…

報恩

師匠の教えを行動に移し 価値を創造して 勝利の歴史を残すことこそ 「最善の返礼」なのだ。 【長編詩 わが人生の栄光を謳う 正義と真実の師弟の道 山本伸一 より】 この法戦、自身も大勝利でまた一つ「常勝の歴史」を残してしてまいります!

仏法の根本は師弟

仏法の根本は師弟だ。 御書に仰せの通りに、広宣流布のために命をかけて戦う。学会のために、師匠のために戦い抜き、勝利の結果を残す。 その人こそ、真実の弟子である。本当の指導者になることができる。私は戸田先生の後を継いで、一人、そうやって戦って…

学会精神の継承は振る舞いのなかにある

「本門の時代」に入り、広宣流布の流れは、社会のあらゆる分野で、仏法の人間主義ともいうべき思想を実現していく、多様多岐にわたる「展開」の時を迎えた。そうであればこそ、皆が原点である学会精神に立ち返ることが、何よりも大切になる。 学会精神とは、…

師弟は「弟子の勝利」で決まる

「よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず」(御書P900)などを拝読。 いざという時---たとえ、だれ一人、味方がいない時であっても、正義のために勇敢に立ち上が…

題目第一で立て

「仏法は勝負」である。 ゆえに、断じて勝たねばならない。 その勝負に勝つための力は、祈りの「題目」である。 この「題目」という最極の勝利の利剣を持っていながら、用いないことは愚かだ。 日蓮大聖人も敬愛しておられた中国の大詩人・白楽天は叫んだ。 …

口先だけの「決意」などありえない

一念は大宇宙を動かす。 「因果倶時」であるがゆえに、今の一念に、いっさいの結果は収まっている。 口先だけの「決意」などありえない。「決意」には、真剣な祈りがある。 ほとばしる気迫がある。懸命な行動がある。そして、必ずや輝ける勝利がある。 【新…

幸福は勝ち取るものだ

人生は戦いである。それが生命の法則である。 戦いを避けることは、それ自体、敗北である。 幸福は勝ち取るものだ。 【女性に贈ることば365日 2月22日より】