迷子

 昨日は「父の日」

 二女家族によばれて二女宅の近所の安くておいしいと評判の焼肉店へいった。

 普段は二女宅でおよばれする時はバイクで行くのであるが、せっかく焼肉店に行くのなら飲みたいと思い何年かぶりに電車で行った。

 おいしいお肉とあわせてハイボールも3杯飲んだ。

 二女宅に戻ってお口直しのスイーツをいただき、飲み足らなかったハイボールをどれぐらい飲んだか覚えていないぐらい飲んだが、そんなに酔っているとは感じなかった。

 帰りは普通に歩けば最寄りの地下鉄の駅まで15分程度の道のりで、目標物を1回曲がればそのまま駅へまっすぐである。

 それが、いくら歩いても曲がるはずの目標物を見落としてしまって迷子になってしまった。

 スマホで位置情報を確認するが、どちらに自分が進んでいるかすら分からなかった。

 大きな通りを目指そうと、しばらく歩いていると、若い女性がこちらに向かってくるので、恥を忍んで、最寄駅を尋ねると丁寧に教えてくれた。

 お礼を言うと、なんと、「わかりやすいとこまで一緒に行きますね」と言ってくれたが、「いえいえ、豹変して襲うかもしれないから、そのまま帰って下さい」と言うと、「大丈夫です。それより、水分を取ってくださいね」といって同行してくれた。

 再度、お礼を言って別れた場所は、最寄駅から50mほど通り越した場所であった。

 地下鉄、そしてJR線に乗り換えの改札時はスマホの充電が2%ほどになっていたので、危ないと思い電源を切ったのですが、降りる時にはとうとうスマホが反応しなくなってしまった。

 0時近くで、だれもいない駅で緊急時用のインターホン越しに駅員さんに乗車するときは通れたと事情を話すと、改札を通れる切符を発行してくれた。

 そして、本日、駅に行ってずっと移動中となっていたICOCAの清算した。

 1日でいろいろなことを体験した「父の日」となった。www

 

 

九十三歳の関ケ原

 「人生50年」といわれた時代に、93歳で関ケ原の戦いに出陣した武将がいる。信長、秀吉、家康の三英傑に仕えた大嶋雲八。彼が信長に見いだされたのは60歳を過ぎてからだった。
雲八の特技は弓。鉄砲が主流の時代にあっても弓の腕を磨き続け、50を超える戦に立って数多くの武功を挙げたといわれる。そして大名にまで成り、人生を閉じる97歳まで生涯現役を貫いた。
▼16年前、70歳で「御書100回の通読」を決意した壮年部員がいる。1日80ページずつ読み進め、73回目の挑戦となった彼に今年、胆管に腫瘍が見つかった。
▼研さんを通して、信心こそ難を乗り越える力と幾度も心に刻んできた彼は、手術前から“私は勝ちます”と周囲に宣言。その言葉通りに手術は成功し、医師も驚くほどの回復を見せた。彼は今、“病を経験して励ませる人が増えた”と年齢を感じさせない行動力で友を鼓舞する。
▼持続は力だ。ましてや信心の肝要は持続にこそある。池田先生は“人生には、堕落する人生と燃える人生の二つしかない”と語り、「何歳になっても、心の炎を消してはならない」と呼びかけた。目標や夢、向上心を持ち、努力を重ねる。その気概に燃える人は、いくつになっても人生を輝かせていける。(靖)

 2026.6.14付 聖教新聞 名字の言

 『九十三歳の関ヶ原』弓大将大島光義 (近藤龍春著/新潮社)

集団の勢いが必勝の秘訣

勢に求めて人に責めず (『孫子』勢篇) 
【訳】集団のエネルギーに求めて人頼みにしない。
 三国時代の英雄関羽や張飛は、何万もの大軍に立ち向かい、敵兵を次々に倒していく。誠に痛快であるが、これは小説や演劇の中のお話で、史実ではなかろう。神通力があったとされる諸葛孔明も同じである。
 戦いが大規模になればなるほど、勇者一人の活躍は限られてくる。怒濤のように押し寄せてくる敵をたった一人で受け止めることなどできない。
 そこで『孫子』は、兵法の秘訣をこう説いた。
 「勢に求めて人に責めず」と。 
 戦上手の者は、軍隊の勢いすなわち集団のエネルギーに勝ちを求め、特定の人に頼らないという意味である。
 この孫子の言葉は今から二千五百年前に発せられたものであるが、現代にもそのまま通用するのではなかろうか。私たちの組織活動もそれに似ているからである。
 確かに、力のある人が組織を牽引していく。そのこと自体は素晴らしい。すぐれたリーダーは常に必要である。

 ただ、特定の人頼みになってしまうとどうだろうか。その人に任せきりになって他の人々は全力を尽くさない。新人や若手も育たない。その人が引退すると、とたんに組織力が落ちる。
 これでは、強い組織とは言えないだろう。多少の波はあっても集団の勢いが持続する。それこそが真の組織である。

 2026.4.14付 聖教新聞〈中国思想家の名言に学ぶ〉26 大阪大学名誉教授 湯浅邦弘

今更ですが、アップし忘れていたのに気づいて日付が前後してしまいました。(-_-;)

三国志のゲームが好きで、今は三国志戦乱をしています。

政治における「不足」とは

国に九年の蓄え無きを不足と曰う(『礼記』王制篇)
【訳】国に九年分の蓄えがなければ「不足」の国という。
 米不足に続き、今度は原油の備蓄問題である。米不足は天候という自然現象にも左右されるが、原油の問題はホルムズ海峡という地政学的リスクが招いたものである。
 一九七〇年代のオイルショックのような動揺がないのは、政府による備蓄があるからだろう。ただ、このリスクが長期化して何も手を打たなければ備蓄もいつか底をつく。
 こうした問題は、今から二千年以上前の儒教経典でも取り上げられていた。理想の礼制を説く『礼記』である。
 そこに「不足」の意味が説かれている。「国に九年の蓄え無きを不足と曰う」と。何と九年分の備蓄が求められている。これは主として穀物や物資を対象とするものであろうが、これがなければ「不足」の国だという。政治における「不足」とは、もともとこのような重い意味であった。
 またこれに続いて『礼記』はこう述べる。六年分の蓄えがないのを「急」(国家危急の状態)と呼び、三年分の蓄えもないような国は、もはや国とは言えないと。
 現代社会はあまりにも便利になって、物が不足したり、なくなったりという恐怖を感じにくくなっている。しかし、多くの物資が国際的なサプライチェーンによって支えられている以上、その断絶はただちに「不足」を招く。米や原油の問題はそのことを知る良い教訓となる。

 2026.6.9付 聖教新聞 〈中国思想家の名言に学ぶ〉30 大阪大学名誉教授 湯浅邦弘

阿保(あお)

 初夏になると山や町の色が少しずつ変わっていく。空は高く澄み、川面には光が揺れ、田植えが終わった水田には空が映る。そんな季節に、ひときわ美しく感じる色。それは「青」だろう。

▼29年前の1997年5月、奈良指導を終えた池田先生は、車で三重研修道場に向かっていた。途中、ある交差点の標識が目に入った。「阿保」――同行者が「なんと読むのでしょうか? アホとも読めますが」と言うと、先生はきちんと調べるよう指示した。

▼結果、標識は「あお」と読むことが分かった。古代、この地を治めた豪族「阿保氏」に由来し、この地に残る「青山」という地名も万葉集に詠まれた「阿保山」から生まれた、ともいわれている。

先生は語った。「小さなことかもしれない。しかし、一事が万事である。確かめもせず、いいかげんに評価してしまう――日本人の軽薄な風潮を、牧口先生は厳しく戒めておられた。『認識せずして評価するなかれ』」である、と

▼肩書や外見で人を評価したり、“らしい”や“だろう”といった他者の推測や意見をうのみにし、安易に他人に伝えたりしてはいないだろうか。真実や本質を見極めるために自らが調べ、考える一苦労を惜しんではいけない。そう肝に銘じたい。(泉)

 2026.5.27付 聖教新聞 名字の言

 墓園に行くときに通る交差点ですが、今のいままで「アホ」だと思っておりました。

 本当に『認識せずして評価するなかれ』ですね。(-_-;)