郵政法案を今国会で成立させよ

郵政法案を今国会で成立させよ
 郵政民営化法案は参院での可決・成立が危ぶまれている。自民党議員のうち18人が反対すれば否決となるが、どのくらいが反対に回るか読めない情勢だ。否決となれば衆院解散・総選挙が予想され、郵政法案は雲散霧消するだろう。
 この法案にはいくつか問題があり本来は抜本的な手直しが必要と私たちは考える。しかし小泉純一郎首相が在任するこの機を逃せば、民営化は長期にわたり政治課題にならない可能性が大きい。その社会的、経済的なコストは計り知れない。


機を逃せばコスト甚大
 ここは法案を成立させて、民営化を進める中でまともな形に改善するのが現実的な選択ではないか。良識の府参院に日本経済の将来を見据えた正しい判断を強く期待する。
 郵政法案が成立しない場合のコストを考えてみよう。まず郵貯簡保には政府の保証が今後もつく。だから貯金者や契約者には良いかもしれないが、郵貯簡保を通じ多額の資金が吸い上げられ、その大半が国債や地方債の購入に回される構図は変わらない。国債には財政赤字の穴埋めに使われるものと財政投融資の財源になるもの(財投債)がある。
 つまり今の郵貯簡保が存続する限り、国の一般会計や財政投融資に使える資金は潤沢であり、政治家や官僚、財投機関関係者はそれを当てにする。結果として危機的な状況にある財政の健全化は遅れ、政府系金融機関などの財投機関の改革も先送りとなる。特に、政府系金融機関の改革論議郵政民営化法の成立を受けて始める予定だ。郵政法案が否決されれば、こちらもほぼ雲散霧消するに違いない。かくして郵政改革の大きな狙いである「官から民への資金の流れの変換」は実現しない。
 また、郵便局が法人税を払っていないことなど、年間数千億円ともいわれる「見えざる国民負担」も続く。先細りが予想される郵便事業の経営効率化や、利用者へのサービス改善も遠い先の話になる。
 さらに、小泉構造改革の本丸とされた郵政民営化が頓挫すれば、仮に現政権が続くとしても求心力を失い、医療制度改革や規制改革、国と地方の税財政改革(三位一体改革)なども失速するか、または官僚主導の、民意を反映しないものになろう。構造改革が後退することの歴史的な損失を私たちは強く憂慮する。
 政府・与党の郵政民営化法案は完全とはとても言い難いものの、郵貯簡保を一応、別組織にする点や、職員の身分を非公務員に変える点は前進といえる。有識者による民営化委員会が3年ごとに民営化を見直すのも救いである。
 したがって2007年4月に民営化すれば、それなりの効果は見込める。その後、実態をみながら手直しするのは現実的なやり方だろう。
 「官から民への資金の流れの変換」という目的に照らして、民営化開始後に考えるべき点は、郵貯と保険の金融2社への政府の関与を早くなくすことである。現法案によれば、政府系機関となる持ち株会社が金融2社の株式を民営化開始から10年間保有し、その後も持ち続けられる。これでは、集めた資金をどう運用するかも含め、金融2社の経営に対する政府の関与がずっと続く可能性がある。それは資金の流れを変えるという改革の目的にそぐわない。
 それでも、新会社の経営が順調にいくなら、まだ良い方である。政府の関与が強すぎるために、経営がうまくいくのかどうか分からない面があることが第2の問題だ。
民営化後に手直しを
 例えば、金融2社は民営化開始から最低10年間は窓口ネットワーク会社との間で業務委託の契約を結ばなければならない。郵政職員の雇用や郵便局網を維持するという政治的要請によるものだ。過疎地の郵便局を維持する目的の地域・社会貢献基金からどの程度の支援を得られるかにもよるが、金融2社は、委託契約によって業務展開の足を縛られ、収益を圧迫されるかもしれない。
 また、政府の影響下にある持ち株会社が郵便、金融事業を含め一体経営する体制では、郵便事業の収益が悪化した場合に、政府の意向により金融事業の収益で実質的に郵便事業を支援することにもなろう。その時は、金融2社がしゃにむに新事業に乗り出すなどして他の民間企業を圧迫する事態も予想される。
 こうした問題を避けるため、持ち株会社は金融2社の株を完全に処分すべきだし、その時期も民営化から10年後の17年より早いほうがよい。現法案でも17年より早く処分できるとも読める。それを含め民営化後に手直しする余地はある。必要なら再改革の法案も検討すべきだ。
 参院では法案再修正論もあるが、改革の内容をさらに後退させるような修正を念頭に置いており賛成できない。現法案を可決し、郵政改革の端緒を早く開くよう望みたい。
【7月29日付け 日経新聞 社説】