「邪道のメディア扇動家」

"議員がテレビに出演して流れを変えたい"云々。
民主党の某首脳が、テレビでこんな言辞を吐いていた
恐ろしい感覚だ。
国会の会期中には政策も出せず、選挙になって、あたふたと"間に合わせのマニフェスト"を出す烏合の衆。それが、俄に政権、政権と騒ぎ出した。
そのためにメディアに頼って世情を動かしたいという。
民主主義の王道は「対話」である。議会から市井まで、対面・膝詰め・車座で、国のために議論するのが正道であろう。
国会では言を左右に責任逃れをしていた者たちが、マスコミと結託した演技(パフォーマンス)で狡猾に世論を操作するとは、民主主義の邪道中の邪道である。
実際、虚像で誑かして当選した同党の議員は、次々に不祥事で転落しているではないか。
先の民主発言は「我々はテレビで扇動します」という騙しの予告にすぎないのだ。
対話も人格も実績もない宣伝屋にヘラヘラ着いていく衆愚社会に未来はない。面白がって持て囃すテレビ等も同罪だ。
要するに、改革をさせたいのか?させたくないのか?政治家に仕事をさせたいのか?させたくないのか?
「まったく臆病と創意の完全な欠乏とが、今日までつねにわが国において、実際的人物の重要かつ最善の兆候と考えられていた」(『白痴』米川正夫訳)と、ドストエフスキーが揶揄したごとき愚国の様相。
ずる賢い臆病者が時代の寵児となり、真面目な庶民が馬鹿を見る。日本の政治も、チンピラ虚業になり果てたものだ
創価学会の"勇気と創意"の対話運動こそ、今や民主主義の黄金柱である。
(山本真也)


寸鉄8.20
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ブラウン管政党の面目躍如