ことばの母乳


 交通事故に遭った少女が意識不明のまま病院に運ばれた。昔話が好きだった少女のために見舞いの叔母が「さるじぞう」を語り始めた。少女が笑い転げたフレーズを何度もささやくと突然「小さくあいた口の、そこの空気だけをふるわせて笑った」。そして「フゥーと息をはいて目をあけてくれた」。
 児童文学作家、宮川ひろさん(83)のエッセイ集「母からゆずられた前かけ」(文渓堂)の中の一文だ。30年以上前の実話という。妻が参加した本の読み聞かせ講座のプリントに載っていた。
 「ことばは心を育てる母乳。むかし話ということばをたくさん呑みこんでからだの中にたくわえてあったから(少女も)意識の糸を引きだすことができた」とつづる宮川さんもまた「親の語りが生きる糧になった」と振り返る。
 いま司書教諭や父母の読み聞かせが小学校などで盛んに行われている。「流すように聞かせるのではなく、心に届く声でゆっくり語りかけることが重要」。語りの大ベテランでもある宮川さんが「ことばの母乳」になるヒントをそう話してくれた。
亀山浩和 【8月9日付 毎日新聞 憂楽帳】