サムライハードラー

 速さの秘密は、世界最高と言われるハードルを跳ぶ技術にある。いつしか「サムライハードラー」と呼ばれるようになった。こんな紹介にひかれ、見入ってしまった。
◆NHKテレビで先週放映された「英語でしゃべらナイト」という番組である。昨年の世界陸上ヘルシンキ大会・四百メートル障害で銅メダルを獲得した為末大さんがゲスト出演した。コーチにはつかず、一人で工夫を重ねながら世界のトップクラス入りを果たした。
◆「日本古来の動きや考えをトレーニングに取り入れた時から、よくなってきた」と為末さんは話していた。兵法の極意を説いた宮本武蔵の「五輪書」にもヒントがあったといい、その一例として、「見る」のではなく「観(み)る」ことの重要さを挙げていた。
◆見るとは直視することだ。そうすると肩に力が入ってしまう。ハードルが通り過ぎる景色のように感じ始めると、リラックスして跳べるのだという。陸上競技者というよりは求道者のような、深みのある言葉だった。
◆大きく広く目を配る「観」の目が大事なのだと「五輪書」にはある。「離れたところの動きをはっきりとつかみ、また身近な動きにとらわれず、それをはなして見ること」(講談社学術文庫版)でもある。
◆人生万般に通じる指摘でもあるだろう。目先の利に目がくらんだような事件も絶えない。
【1月22日付 読売新聞・編集手帳