忘却を救いとするようでは困る

 「人の噂(うわさ)も75日」ということわざは小学生でも知っている。しかし、なぜ75日なのか。一説では、立春に始まり雨水、啓蟄(けいちつ)、春分と15日ごとに巡り来る節気が5度も訪れれば季節はすっかり移ろい、人心も変わるのだという。
年金問題をきっかけに内閣支持率が急落し、農相の自殺と重なって政局がにわかに慌ただしくなったのは3週間ほど前。まだ「75日」には遠いから記憶が薄れる気配はない。それどころか、大学時代に入っていた国民年金の記録が宙に浮いてしまったサラリーマンが多数いることが分かるなど騒ぎは拡大中だ。
▼国会の会期延長幅が焦点になっている。天下り規制法案を通すために12日間延ばせば、参院選の投票日は当初の想定より1週間遅い7月29日。その時期になれば世の中は夏休みムードになり、そろそろ年金の逆風もやむのでは、と期待する声も一部にはあるらしい。夏至小暑大暑とたしかに節気は巡る。
▼もっとも、そんな思惑も年金制度への不信感が募る国民には通じまい。ここは与野党とも正々堂々と改革策を論じ合ってほしい。「年月は、人間の救いである。忘却は、人間の救いである」。きょう桜桃忌を迎える太宰治の言葉だ。忘れ去ることも時には必要ではあるが、政治家が忘却を救いとするようでは困る。

【6月19日付 日経新聞 春秋】