2011.03巻頭言

「勝利の物語」を未来まで!

 全て みな
  仏道修行は
   大功徳
  積みゆく 自身の
    因果のためなり


 「自分の悩みを踏みつける者は、それだけ一段高くのぼる」
 若き日に心に刻んだドイツの大詩人ヘルダーリンの信条である。
 時代は、ますます乱れている。生老病死はもとより、仕事のこと、家計のこと、人間関係など、皆、悩みとの戦いであろう。使命が大きい人生は、悩みもまた大きい。
 日蓮大聖人は、障魔に挑む池上兄弟に厳然と仰せになられた。
 「石はやけばはいとなる金は・やけば真金となる、此の度こそ・まことの御信用は・あらわれて法華経の十羅刹も守護せさせ給うべきにて候らめ」(御書P1083)
 苦難の時に、まことの信心が試される。何があろうと、動じない。一歩も退かない。これが信心だ。
 大変であればあるほど、いよいよ強盛に祈り、「ひとすぢにをもひ切って」(御書P1091)、前進する。その時、仏の金剛不壊の生命が如如として脈動する。諸天善神も動かし、悪鬼魔民さえ味方にできるのだ。
 師の峻厳な御指導のまま、池上兄弟と夫人たちは異体同心で戦った。邪僧に誑かされた父を正法に導き、「一家和楽」、さらに「仏法即社会」の勝利の実証を堂々と打ち立てた。「未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき」(御書P1086)と仰せの通り、この兄弟の物語は、家族の反対や仕事の苦境などと格闘する世界百九十ニカ国・地域の創価の友の鑑となった。
 御書には「このやまひは仏の御はからひか」「病によりて道心はをこり候」(御書P1480)等と病気の打開も明快に示してくださっている。
 襲いかかる厳しい運命に戦き、嘆くのが、世の常かもしれない。
 しかし、誓願の大仏法を持った我らは、勇んで宿命を転換する。
 なぜ、試練に立ち向かうのか?断固と勝ち越えて、悩める友に希望の励ましを贈りゆくためだ!
 ここに、「煩悩即菩提」、また「願兼於業」という菩薩道の真髄がある。民衆のため、社会のため、あえて艱難を迎え打っていくのだ。
 戸田城聖先生は師子吼された。
 「私は、広宣流布したいという大煩悩の炎を、天に届くほど燃やしているのだ」と。
 兵庫の草創の母は、六人の子どもを抱え、夫の倒産と失業、自身と家族の大病、そして、あの大震災にも負けず、同志と走り抜いてきた。
 「師弟不二の信心があれば、生活の力も、闘争の力も、何十倍、何百倍と湧き出て、悠々と人生を勝ち切っていけます」と微笑まれる。
 南米チリの友も、常勝大関西の如くと、昨年の大地震から立ち上がった。一人一人が友人、知人を激励し、復興の要となってきた。座談会も総会の結集も、倍増の息吹である。
 全世界で、気高き「未来までの物語」が幾重にも綴られている。
 恩師は叫んだ。「人生と世の中から『悲惨の二字』をなくしゆく大願に戦おう! 自身の苦悩も吹き飛ばす一念の勢いで、立正安国に邁進するのだ!」と。
 忍耐の坂の彼方に、勝利あり。
 さあ、健康のために信心を!
 幸福のために活動を!
 三世のために勇気を!


 皆様の
  幸福 祈らむ
   満開の
  この世の勝者と
    胸はり 叫びて

   さあ !! 勝利へ (^^)V