工具箱にハンマーしかない?

工具箱にハンマーしかないと、あらゆる問題が釘(くぎ)に見えてしまう。のこぎりやドリルを用いるべき時も、釘を打つべくハンマーに手が伸びる。
イラク戦争に取材したボブ・ウッドワード著「攻撃計画」(日本経済新聞社)の一節、ラムズフェルド米国防長官の政策手法に触れたくだりである。
小泉首相はハンマー(郵政民営化)で釘(郵政族)の頭を叩(たた)いている。べつに手心を加える必要はないが、解散をちらつかせ、政治空白も辞さない覚悟と聞けば、「ほかの工具もお持ちでしょうね」と箱の中を確かめたくなる。
◇子供たちの学力は低下し、働かない若者が増え、年金などの社会保障には安心できる設計図がいまだに描けていない。国力の基盤をむしばむような、ハンマー1本では解決できない難問が山と積まれている。
郵政民営化法案はきのうの衆院本会議で可決され、攻防の舞台は参院に移る。否決されれば既得権の好きな釘の面々が笑い、可決・成立すればハンマー一辺倒の人が笑う。どちらの笑顔が見たいかと問われても答えに窮しよう。
社会学者のマックス・ウェーバーは書いている。「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫(ぬ)いていく作業である」と(岩波文庫「職業としての政治」)。穴をくり貫く工具も見たい。

【7月6日付 読売新聞 編集手帳より】