「馬鹿」は「破家」とも書かれた

 絶大な権力を誇った秦の高官趙高(ちょうこう)が「馬です」と言って、幼少の皇帝に鹿(しか)を献上した。皇帝が笑って左右を見わたすと、居並ぶ家臣は誰もが趙高を恐れ、口々に鹿を馬だと言い張った。
◆趙高の故事から「鹿を指さして馬と為(な)す」という慣用句が生まれている。権力をかさに着て間違ったことを強引に押し通す、という意味になる。「馬鹿(ばか)」の語源ともいわれるが、真偽のほどは定かでない。
◆「馬鹿」は古くは、「破家」とも書かれた。家財を台無しにするほど愚か、の意味だろう。権力の横車を押し、国家の家財をも台無しにしかねない人――といえば、浮かんでくる顔はひとつしかない。
◆日米韓、米中の外相が相次いで会談し、「北の核」に連携してあたることを確認した。北朝鮮との親疎の度に差はあれ、まねする国が出てくるのを封じるためにも、核実験をした“甲斐(かい)のある”結末にしない意思は共有できただろう。
◆「鹿」(核武装)をどれほど「馬」(自衛手段)と言い張ってみたところで、もたらされるものが「破家」だけであることに、金正日総書記はそろそろ気がついてもいい。
◆栄耀(えいよう)栄華の秦帝国も趙高の専横からほどなくして滅びた。あちらにも読書の秋があるかどうかは知らないが、「史記」(秦始皇本紀)は将軍様にとって学ぶところの多い、お薦めの一冊である。

【10月21日付 読売新聞 編集手帳