「青年・勝利の年」を迎えて09-01Vol.2

護るべきものは「生命の家」
           近づくべきものは「善なる存在」(2/8)

アゴ・デ・メロ

甘い蜜の味を許さない現実

 誰もが、子どもの時から、いろいろな人生を味わいます。
 辛酸を舐めることもあります。
 すると人は、もっと甘味を欲するようになります。
 しかし、現実はそれを許しません。
 "希望"という甘い蜜の味をも、とことん苦くするほど、現実は厳しいのです。
 「不正に満ちあふれ、儚い夢でしかない――人生とはそういうものだ」
 そんなふうに、人間は無気力に生きるしかないのでしょうか?
 ブラジル北東部の諺があります。
 「ムリシ(アセロラなどで知られるキントラノオ科の植物の一種。黄色の実がなる)の時期には、自分の身は自分で守れ」と。
 これは、落ちた実は、自分の力で種を下ろし、子孫を残さなければならないという意味です。
 同じように、わが身は、自分で守るしかないのでしょうか?
 それが嫌なら、不快極まりない逆風に向かって、櫂を漕いでいくしかないのでしょうか?
 私は人生を通して、身をもって知りました。
 善なる心は、放っておけば、自然に失われていってしまうということを。
 だからこそ、人間は善に近づく努力をしなければなりません。
 私は、池田大作氏の"善の心の源泉"に少しでも近づきたいと思っているのです。

大白蓮華 2009-01 P14〜P21 抜粋】