第34回「SGIの日」記念提言 13-9

◇「人道的競争へ 新たな潮流」-VOl.9

「世界食糧銀行」創設と人道基金の拡充で  地球社会のセーフティーネットを整備

"人災"が招いた飢餓人口の増加
 次に第二の柱として、地球公共財に関する国際協力を通して、「責任の共有」を確立するための提案を行っておきたい。
 一つは、「世界食糧銀行」の創設です。
 私は昨年の提言で、人間開発や人間の安全保障の面で不可欠となる要素として「安全な水の確保」を挙げました。
 「食糧の安定的な確保」はそれ以上に、人間の生命と尊厳を守る上で死活的に重要なもので、貧困との闘いの出発点となるものでもあります。
 2006年の秋以降、穀物価格が急騰し始め、多くの国々で同時に食糧危機が起こりました。その結果、新たに4000万人が飢餓状態に置かれ、世界の栄養不足人口は9億6300万人に建したと推定されています。
 留意すべきは、これが天災ではなく"人災"として引き起こされた点です。つまり、サブプライムローン問題の影響で投機マネーが穀物市場に流れ込んだことと、エネルギー需要が増カロしてバイオ燃料の生産が増えたために食用穀物の生産が落ち込んだことが、価格の急騰を招いた背景にあると言われているのです。
 その再発を防ぐためにも、穀物の一定量を「地球公共財」として位置付けて常時備蓄をし、食糧危機の際には緊急援助用に供出したり、市場に放出して価格の安定化を図るシステムの構築が求められます。
 今から35年前、飢餓で苦しむ人々を尻目に、"食糧戦略"なる言葉が横行していた時代にあって、私は、人間の生命の基である食糧を国家間の政争の具にしてはならないとの思いから「世界食糧銀行」の構想を世に問いました。
 もちろん自国の食糧の確保は大切ですが、他国の犠牲の上に成り立つ国家エゴであってはならず、目指すべきはグローバルな食糧安全保障の確立であります。
 昨年7月の洞爺湖サミットでも食糧問題が一つの焦点となり、世界の食糧安全保障に関するG8首脳声明が発表されました。
 そこでは、人道目的のために国際的に調整された仮想備蓄システムを構築することの是非を含め、備蓄管理のあり方について検討していくことが初めて盛り込まれました。
 備蓄制度の創設については、洞爺湖サミットの開催前に、世界銀行のロバート・ゼーリック総裁も各国首脳に呼びかけていましたが、今こそ真剣に検討すべき時を迎えているのではないでしょうか。


ソフト・パワーを競い合う挑戦
 二つ目の提案は、貧困の克服や保健衛生の改善をはじめとする「ミレニアム開発目標」達成のために、国際連帯税など革新的資金調達メカニズムの導入を促進することです。
 2002年にメキシコで行われた国連の会議を機に議論が活発化し、すでに保健分野を中心にいくつか制度がスタートしています。代表的なものに、ワクチンで予防可能な疾患による子どもの死亡を減らすための「予防接種のための国際金融ファシリティ」や、 HIVエイズマラリア結核などの感染症治療の医薬品を提供するための「航空券税」があります。
 ここ数年で関心を持つ国も増え、2006年に立ち上げられた「開発資金のための連帯税に関するリーディング・グループ」には50カ国以上が参カロするにいたりました。
 現在も、「通貨取引開発税」や「炭素税」をはじめ、さまざまなメカニズムを模索する動きが続いていますが、21世紀のマーシャルプランともいうべき人道基金の一環として、より多くの国々が関わっていくことが望まれます。
 こうした革新的資金調達メカニズムの構築は、各国が良い意味で、アイデアや構想というソフト・パワーを競い合っていく――まさに「人道的競争」と呼ぶにふさわしいテーマにほかならないものです。
 まずは、2011年の第4回「国連後発開発途上国会議」に向けて議論を高め、「ミレニアム開発目標」達成への勢いを加速させていく。そして「ミレニアム開発目標」の達成期限である2015年以降も、世界で最も苦しんでいる人々や社会的弱者を守る取り組みを、"地球社会のセーフティーネット"として網の目のように張り巡らせていくことが重要です。
 国連で昨年、経済発展の面で世界から長らく取り残されてきた58ヵ国の人々を指す「ボトム・ビリオン(最底辺の10億人)」という言葉が一つのキーワードになり、注意が喚起されました。
 貧富の差が拡大し、生まれた国や場所によって人間の「命の格差」や「尊厳の格差」が半ば決定づけられてしまう状態は、"地球社会の歪み"というほかなく、断じて終止符を打たねばなりません。それは、ルソーが原初の社会感情とした「憐憫」を体した人間の尊厳にかけて取り組むべき課題でもあります。
 経済学者のアマルティア・セン博士は、「貧困はたんに所得の低さというよりも、基本的な潜在能力が奪われた状態と見られなければならない」(石塚雅彦訳『自由と経済開発』日本経済新聞社)と指摘しましたが、正鵠を射た言葉だと思います。
 「ボトム・ビリオン」と呼ばれる人々にとって、今まさに必要とされるのも、劣悪な状況から自らの足で一歩踏み出すための"国際社会の連帯の証し"としての後押しなのです。
 戦後の混乱から驚異的な復興を遂げた経験を持つ日本は、21世紀の世界で"誰もが真に人間らしく平和に生きられる権利"を「地球公共財」として確保するためのリーダーシップを積極的に発揮してほしいと念願するものです。
〈2009-1-26〉

 【大白蓮華 2009-04 P108〜P134 抜粋】