『命あるかぎり――松本サリン事件を超えて』

ニュースの眼

 松本サリン事件から27日で14年。被害者の河野義行さんが、『命あるかぎり――松本サリン事件を超えて』(第三文明社)を出版した。
 一般に「冷静でまじめな人」という印象が強い河野さんだが、本書では、飛び切りやんちゃだった少年時代や「ハマっている」という渓流釣りの魅力、ユニークな子育て論など、「河野義行」という人の生き方が、飾らずに、いきいきと描かれていて新鮮だ。
 犯罪被害者支援に関する提言や、冤罪防止への取り組み、終身刑の問題など、テーマも多彩。
 かつて河野さんを犯人扱いしたマスコミについても、「事件の教訓は、あの報道に関わった個人には生きているが、マスコミ総体としては何ら活かされていない」と苦言を呈する。
 その理由の一つは、記者はお互いがライバルであり、自分の得たノウハウや教訓などの財産を、ほかの記者に伝えようとしないからだという。またマスコミ業界には、製造業のように何が良い商品かという「統一規格」もなければ、情報をチェックする専任の「品質管理者」もいない。こうしたシステムを改善しない限り、「同じ失敗を繰り返すことになる」という指摘を、マスコミは重く受け止めなければならない。
 以下、私事になるが、父が生前、「この本、ちょっと借りていいか?」と言って書棚から一冊の本を取り出したことがある。それは河野さんが、サリンの後遺症で寝たきりとなってしまった妻・澄子さんへの思いや介護の様子などをつづった著書だった。当時、心臓を患っていた母の看病のために父が毎日、病院へ通っていたころのことである。
 澄子さんが何度も生死の境をさまよう中、強き絆でそれを乗り越え、支え合って生き抜いてこられた河野さん夫妻の姿に、父はどれほど勇気づけられたことだろう。
 松本にいるときは毎日、澄子さんのもとへ通う河野さんは、帰り際、必ずこう声を掛けるという。「世の中の人たちのなかには、つらい人生を歩んでいる人もいるが、負けずに頑張っている澄子の姿に、支えられ、励まされている人がいるんだ。(中略)あなたは寝ているだけだけど、とても大きな仕事をしているんだよ」と。
 冤罪で逆境に立たされたときにも自分を信じ、支えてくれた友人や家族との固い絆、元オウム信者との交流――。「人はみんな幸せになるために生まれてきた」と語る河野さんとその家族が、サリン事件を超えて、力強く生きる姿を描いた本書もまた、多くの人に「励まし」と「生きる力」を与えてくれるだろう。(落合克志記者)

【6月24日付 聖教新聞 より】