無能による支配を克服するために

「成長する人と組織」人的資源の可能性<7>
 世の中、無能な人たちばかりなのか。誠実に仕事をすることができないのか。耐震強度偽装で、誰も為すべき職務を全うできなかったと知って、そう嘆きたくなる。
 特に高い地位にある人たちの無責任な発言や行動には大きな失望を覚える。そんな時、「ピーターの法則」が頭をよぎる。これは、世の中が無能であふれていくことを科学的に証明できるというものである。
 ピーターとは、口ーレンス・J・ピーターという北米のれっきとした社会学者のことで、1969年に、このことを説いた本が出版された。それ以降ロングセラーとなり、日本語でも新訳が一昨年出版された(『ピーターの法則ダイヤモンド社)。
 ピーターの法則とは、人間は階層社会をつくり、すべての人が昇進を重ね、おのおのの無能レベルに到達するというものである。有能であれぱ必ず昇進させようという働きかけを受ける。
 しかし、有能であったのは昇進する前の立場であったからで、昇進してから有能であるかは分からない。有能であれば更に昇進の階段をのぼるわけだが、やがて無能の状態に陥るレベルに行き着く。そこで昇進圧カはかからなくなり、無能な人がそのレベルに留まり続けることになる。
 その必然的結果として、あらゆるポストが、職責を果たせない無能な人間によって占められるという、衝撃的な法則である。確かに何もせずに放っておいたら、そうなるような気がする。
 このピーターの法則に根強い支持があるのは、実際に高い地位の人たちの不祥事が頻発することや、昇進した人へのやっかみがあるからなのだろう。しかし、無能な人によって支配された組織では、変化が激しい現代では生き残っていけない。企業努カをせずに生きながらえているのは、一部の僧侶組織などに限られる。
ピーターの法則」は乗り越えられるか
 ある経営学者が、経営学は「思い」のある学問だと言った。人の資源を無駄にせず、活かし、伸ばすという組織の意志が重要で、ピーターの法則は乗り越えなければならない。
 そのためには、適切な人材配置や人材育成などを通じて人的資源の有効活用を図ることが重要になる。その場合、人の能カをどう見るかということがポイントになる。
 ピーターの法則では、人の能力は初めから決まっている定性的なものであり、それはどうすることもできないという悲観的な見方をとる。しかし、最近の人事の分野では、人の能カをどう見るかについて大きな変化があった。コンピテンシー(高業績者の行動特性)の導入がその一つである。
 これは、人が能力を発揮し有能であるためには、潜在的な能カだけではなく、むしろ状況にあった行動が取れるかどうかが重要であるとする。簡単に言えば、「能カが発揮できたか」という結果こそが大事で、能力があるかという資格が最重要ではないという議論である。
 例えば、1級建築士の資格は持っていても、良い仕事ができるとは限らない。高い成果を生んでいる人の行動の特徴を分析し、状況に応じたコンピテンシーを明らかにして、それを評価や人材育成に活用しようという考え方である。
 また、人の持つ「強み」に着目しようという視点もある。先日逝去した経営学の巨人P・F・ドラッカーは「マネジメントの使命は、人間に強みを発揮させ、弱みをカバーして、彼らを協働させることにある」と述べている。
 最近の強みの研究について注目されているのは、ポジティプ心理学の主唱者であるマーティン・セリグマン博士の理論である。これは博士の近著『本物の幸福』(邦訳『世界でひとつだけの幸せ』アスペクト)で分かりやすく説明されている。先天的な才能と自発的に身につけられる強みを区別して、人それぞれの強みに着目することの重要性を説いている。
 才能は無駄に終わることがあるが、強みは無駄にできない。例えぱIQが高いという才能を持った人が、その知性を無駄にすることはありうる。しかし、誠実という一つの強みを持った人が、その誠実さを無駄にすることはありえないという。
 強みとは、六つの徳(知恵、勇気、人間性、正義、節度、精神性)を実践しようとするときに発揮できるととらえる。その徳を発揮しようという意志があれば、誰にでも強みは身につけられる。そして強みは創造的である。才能を持った人がすごいことをやるより、困難な中で「意志を働かせ、それが立派なおこないとなって初めて、人は心からの感動を覚える」とセリグマン博士はいう。
 強みという観点に立つとき、組織が無能な人であふれるということはありえない。構成員とリーダーが、強みを活かしていくという意志をもち、ポジティブな相互関係が構築されるとき、一人ひとりが能力を恒常的に発揮できる組織になるからだ。
 ピーターの法則に支配された組織は、無能が無能を昇進させる。つまり無能なリーダーが人の能力を判断するので、結局、無能を昇進させるのである。その組織では、反対に超有能な人を邪魔者扱いにして追い出そうとするという。
 ピーターの法則を乗り越えるためには、徳をそなえ、構成員の強みを大事にする本物のリーダーが必要である。今、セリグマン博士の理論は米国の組織研究に大きく取り入れられ、ポジティブ組織学が発展を始めた。その中で、「本物のリーダー」についての研究が大きなテーマとなっている。(栗山 直樹 創価大学教授)
【12月6日付け 聖教新聞