「バイキン上司」

若手を枯らす「バイキン上司」が繁殖中!
【第27回】 2008年05月16日 西川敦子(フリーライター
『うつ』のち、晴れ 鬱からの再生ストーリー 「ダイヤモンド オンライン より」

 若手全員がうつで退職。結局、プロジェクトチームそのものが消えた――。

 大手IT企業に中途入社したエンジニア、宮本峻さん(仮名・31歳)は、目の当たりにした驚きの事実を語った。隣のチームに配属された彼の同期5人がそろいもそろってメンタルヘルスを悪化させた。うつや自律神経失調症などを病み、2年目には全員いなくなっていたという。
 「そもそもこの部署では、新人がすぐ辞めていくので、何度も採用を繰り返していた」と打ち明ける宮本さん。新人が居つかない職場ではうつも発症しやすい、ということだろうか。「3年で辞める若者」が問題になっているが、若者の“退職”と“うつ”は、ひょっとすると同じ病巣から生まれる別々の症状なのかもしれない。
 宮本さんの話をさらに聞いてみたところ、チームでは、いわゆるパワハラ上司が幅をきかせていたことがわかった。
 「とんでもない中間管理職が何人かいましたよ。気の弱い部下をいじめ抜いて胃潰瘍にさせたヤツもいました。結局、この部下は抑うつ状態になって退職しましたけど。
 だけど、部下に退職を切り出されたとき、いじめ続けた上司は、なんて言ったと思います?『キミが辞めたら人手がなくなって、プロジェクトに大穴が開くんだよ。会社の損失がいくらになるかわかってる?それでも辞めるっていうなら、会社はキミを訴えるよ。損害賠償金、支払えるの?』。そんなバカな話ってありますか?」
 しかし、問題があるのはこの上司ひとりではなかった。宮本さんはさらに語る。
 「一連のいきさつについて、別の若手がさらに上の役職の人々に直訴したそうです。彼は事の次第を報告し『彼がいじめられているのを、少なくとも我々新人は全員知っていた。同じチームにいるみなさんも当然、わかっていたはずです』と言ったそうです。ところが、上司たちは口を揃えてこう答えました。『そんな話は寝耳に水だ』と」

絆が断ち切られバイキンに犯された組織

 現場に無関心な上司や、部下のパワハラを見てみぬふりをする上司。その下には、若手を育成するどころか、鬱憤晴らしの材料にする中間管理職たちがいる。
 こんな具合に上下間の絆が完全に断ち切られた状態では、若者たちが会社に忠誠心を抱くはずはない。宮本さんも「たまに本社に全社員が集合して、決起集会みたいなことをするんですよね。だけど、会社がどんな目標を掲げようが末端には関係ねえよなあ、って思っちゃうんですよ」とぼやいていた。
 絆が断ち切られた組織は、幹や枝がバイキンに冒され、栄養や水分が行き届かなくなった木に似ている。末端にいる若手は、いわば若芽だ。幹や枝が蝕まれれば、まっさきに枯れてしまうのはこの部分。彼らが心を病んだり、転職に走ったりしているのは、組織そのものがバイキンにやられている証拠と考えてもよいかもしれない。
 何もパワハラ上司だけがうつを発症させるわけではない。上下の絆を断ち切ってしまう中間管理職たちの存在が、間接的に組織を枯らしてしまうのだ。さまざまなバイキンを抱えた上司たちが、あなたの周りにもきっといるはずだ。たとえばこんなタイプのバイキンを抱えた上司が繁殖してはいないだろうか。
■ペロリ菌
 部下の手柄をペロリといただいてしまう菌。昔から会社に生息していた菌だが、以前は功績のあった部下を引き上げてくれたり、お礼にご馳走してくれたりと、人体によい作用もあった。今は横取りするだけ。
■のろまウイルス
 何をするにもスローで、まったくやる気が感じられない菌。いるだけで社内に停滞ムードを蔓延させる。部下の育成に対してもまったく無関心。
コレラ菌
 頭ごなしに部下を怒鳴りつける菌。口調もヤクザっぽく、「コラ」を巻き舌で発音するため「コレラ」と聴こえる。
■勝て菌
 「競合先に勝て」とやたら鼻息の荒い菌。自分の手柄のため、とうてい達成できないノルマを振ってきたり、深夜まで残業を強いたりと、無理難題ばかり部下に押し付ける。この菌も昔から会社に生息していた。
■席離菌
 どこに行っているのか、いつも席から離れている菌。ホワイトボードにはいつも「直帰」と書かれている。面倒なことがあったときは、とくに姿を見ない。仕事は当然のように部下に丸投げ。
■欠格菌
 上司としての自覚、素養を持たない菌。そもそも上司の資格がない、ともいえる。
■テング熱菌
 自分の手柄話が大好きな菌。会議中だろうと、部下に指示しているときだろうと、いつも途中から成功談になってしまう。しかも話が長い。
■ボツリマス菌
 どんな企画を出しても、リスクを恐れてボツにしてしまう菌。自分が責任をとるのを恐れているのが見え見え。

プレイングマネジャー化で疲弊する中間管理職

 もちろん、バイキンが繁殖するのにも理由がある。ひとつは、上司たち自身に栄養が行き届いていないからだ。給料も増えないのに、責任だけ押し付けられる「名ばかり管理職」。自分の業務だけで手いっぱいなのに、そのうえ後輩の育成もしなければならないプレイングマネジャー。疲労困憊したミドルたちが増え続けている。
 もうひとつは、若手たちの変化だろう。「理屈抜きで頑張るのがあたりまえだった自分たちに比べ、今の若者は理由を説明されなければ動かない」という声もある。「仕事はしごかれて覚えるもの。自分たちもそうだった」と考えているミドルにとって、今の若手の反応はひどく物足りないのかもしれない。
 いずれにしても、中間管理職は栄養や水分(会社のメッセージ)を末端に届ける、大切な「メッセンジャー」の役目を果たしている。そのためには、彼ら自身が会社のメッセージをしっかり受け止め、自分の立場に対する「意味感」――若手を育て、チームを牽引していくことへの誇り――を持つ必要がある。
 シャープでは2007年4月から係長制度を復活させた。課長の管理業務をサポートする人員がいれば、現場のマネジメントはより緻密なものになる。係長時代に、将来のためのマネジメントスキルを培っておくことも可能だ。組織のフラット化による弊害が進んだ今、中間管理職の重要性が見直されつつあるのかもしれない。
 増えつつづける若手のうつや離職。これらを食い止めるには、まず、ミドルがバイキンにやられないよう活力を取り戻すことが大事なのだ。

【今回のポイント】 課長の悩みは「超多忙」

 日本経営協会の「日本の中間管理職白書2007」によると、管理職が抱える問題・悩みでもっとも多いのは、「業務量が過大」で41%、2位が「業務目標のハードルが高い」で21%という。課長たちがこれ以上疲弊すると、新人もろともうつを発症し、組織そのものが崩壊しかねない。

 さて、あなたのまわりにバイキン上司にいますか?
 そしてあなたはどうですか?(笑)