心の壁を乗り越える

「私がつくる平和の文化Ⅲ」第5回 心の壁を乗り越える
米国で黒人初の国連大使 アンドリュー・ヤングさん
<差別に打ち勝つ精神の力>
 ――世界では今、人種差別をはじめ、さまざまな「分断」が起きています。こうした問題の根底にあるものは何でしょうか。
 私は、相手を知らないことからくる「恐れ」だと思っています。それは、人と人の「差異」から生まれます。人は自分と同じグループの人たちに対しては安心感を抱きますが、そうでない人たちには、よほどの信頼関係がない限り、不安を抱くことが多いでしょう。
 私には4人の子どもがいますが、一番下の娘が3歳の時、私の膝の上にちょこんと座ってこんなことを言いました。「私とパパの肌の色は茶色だけど、お姉ちゃんとママは少し黄色ね」
 幼い娘が、なぜこんなことを気にしたのかは分かりません。でも一つ言えるのは、差異とは、小さな子どもでさえも敏感に感じ取ってしまうものだということです。
 差別と向き合うとは、人間の差異を理解し、それを尊重することです。それには困難な努力が伴いますが、実践する最適の場は家庭です。家族は一番身近な存在ですが、それゆえに、対立が生じた時は互いを深く傷付けます。そうならないためにも、日頃から相手を敬い、考えを認め合っていけるかが重要です。ゆえに家庭が、社会の分断を乗り越える「訓練の場」となるのです。
 また、私は大学などで講演する機会がありますが、最近の学生たちを見て気になるのは、学生同士が「話をしない」ことです。なので私は演壇に立つ時は、学生たちに「皆さん、今から隣に座っている人に自己紹介をしましょう。そして握手をしてください」と呼び掛けます。そうすることで、新たな関係が生まれるのです。
 私たちは、自分一人では本当の意味で人間になることはできません。人間性とは、他者に心を開き、分かち合うことで磨かれるからです。私たちは皆、家族や仲間と共に生きていく存在であることを忘れないでください。
<相手を知れば、「恐れ」はなくなる>
 ――キング博士と共に人種差別と戦われました。その中で、深く心に残っているエピソードを教えてください。
 1962年、キング氏がジョージア州オルバニーで投獄された折、私は連絡係になりました。
 あれは最初に刑務所を訪れた時のこと。キング氏との面会を申し込むと、白人の巡査部長は顔を上げようともせず、「こっちのチビの黒ん坊が、そっちのデカい黒ん坊に会いたいそうだ」と声を荒らげました。(※)
 警棒と銃を引っさげた巡査部長は、相撲取りのような大男でした。その日は何とか中に入れてもらい、私はキング氏に、巡査部長から差別的な言葉を浴びせられたと苦情を伝えました。
 するとキング氏は、こう言ったのです。「これこそ君に課せられた問題だよ。巡査部長と、どういう人間関係をつくるかだ。良い方法を見つけるんだよ」
 翌日、私はあることを試みました。巡査部長の制服にあった彼の名前を読み上げ、「おはようございます、ハミルトン巡査部長。ご機嫌いかがですか」とあいさつしたのです。
 これには巡査部長もびっくりし、あたふたしていました。さらに私は、彼の体格から予想して、「フットボールの経験があるのですか?」と尋ねました。
 すると彼は、ニコッと笑みを浮かべました。そこから彼の出身校や、同郷のフットボール選手の話題で会話が弾み、その後も語り合う中で、私たちは友人のような関係になることができたのです。
 それから20年ほど後、国連大使としてある街で演説した時のことです。その巡査部長がわざわざ会いに来てくれたのです。緑のジャケットに白いパンツ姿の彼は、威圧感もなく爽やかで、全くの別人でした。彼は私に言いました。
 「もしあなたたちがオルバニーの刑務所で私と向き合ってくれなかったら、今も、かつてのような価値観で生きていたでしょう。だから今日はお礼がしたいのです」
 ――<略>――
「スマイルとハロー」
 ――重要な証言です。勇気ある「対話」の行動が、平和と共存の道を開いたのですね。私たちは、身近なところでどのように実践すればよいでしょうか。

 人の心とは繊細なもので、ともすると「心のバリア」をつくり、閉ざしてしまいます。ですから私は、多くの人に「自分から話し掛ける」努力を続けてきました。そうすることで、相手だけでなく、自分自身の心のバリアも乗り越えてきたと感じています。
 決して難しいことではありません。必要なのは「スマイル」と「ハロー」(あいさつ)です。この二つの実践から、コミュニティーの建設は始まるのです。人間を隔てる壁は、人種だけでなく、男女をはじめ、さまざまな違いの中に存在します。
 それらを打ち倒すために、自分と異なる人々を知っていこうと意識する。たとえ、現在の世界秩序の中では敵対していようとも、互いを理解し、評価するよう努める。これが、私たちが成し遂げるべき課題です。いかなる状況であっても、人間性という共通の基盤が私たち人類を深く結び付けています。そのことを固く信じて、共に進もうではありませんか。
※記事中の差別用語は引用文となります。 

 2021.5.11付 聖教新聞 抜粋