顔を知る相手を撃つことはできない

「戦争をやめた人たち」 

 鈴木まもる 文・絵 (あすなろ書房)  1,650円

 戦争に参加させられている兵士一人一人には顔がありません。かれらは、ある意味武器の一つとして、第一大隊二千名とか、乗務員一千名といった風に数えられるだけです。生きているときですらそうなのですから、戦死すると彼らは「我が軍の損失」として数えられるだけです。そして失った分は、「補給」されるのです。そう、兵士には顔が与えられていません。
 この絵本は第一次世界大戦で実際にあった出来事を描いています。1914年の国境。ドイツ軍とイギリス軍が対峙し、それぞれが暫壕から攻撃しています。12月24日のことです。イギリス軍は疲れ果て、塹壕の中で休んでいました。すると外から人の声がします。声と言うより歌声です。それは、国境の向こう、ドイツ軍の塹壕からでした。ドイツ語の意味はわかりませんがメロディはみんなよく知っています。クリスマスソングの「きよしこのよる」です。やがてイギリス軍兵士も歌い始めます。それから、互いの塹壕からいろんなクリスマスソングが行き交いました。
 12月25日、クリスマスの朝。ドイツ軍の塹壕から手を挙げた人が出てきました。イギリス軍からも出て行きます。そして、両軍は今日一日クリスマス休戦をすることを決めるのです。両軍でサッカーに興じ、家族写真を見せ合い、お酒を酌み交わします。
 顔のない兵士の顔がわかったのです。
 もちろん、だからといって戦争が終わったわけではありません。しかし、一緒にクリスマスを祝った兵士たちは、相手に向けて銃を撃たず、少し上に向けて空に撃ったそうです。
 そう。顔を知っている相手を撃つことなど出来ません。人の顔を消すような振る舞い(差別や無知、無関心)が、戦争を引き寄せるのです。

 2022.7.18付 公明新聞 「ひこ・田中(児童文学作家)の絵本カフェ」 より